たけとけたと片付かない部屋

製造技術の仕事や家事・育児、趣味について書きます。

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「諦めが肝心」なんだけど、深みにはまっちゃってるよね

先週から妻からの愚痴をよく聞きます。ネガティブな話が続くと聞くのをやめる典型的なダメ夫なんでストレスは溜まりっぱなしのようで、昨晩は夜中に叩き起こされました。なんで!?

1つだけ言えるのは、「現代日本で平凡でいるためにはちゃんと諦めないといけない」ということなんだと思います。

僕の家では送り迎えは妻がやっています。僕の方フレックスを使って緊急の病院対応やお迎えとかをできる範囲でやっています。
保育園の方から「子供のために早く帰ってきて下さい」と言われ、会社では「うちの部署では1歳半からは時短は使っている実績がない」と言われる。祖父母にお願いすれば、「家が遠い」とか「子供が可哀想だ」とか言われる。それで最近引越しを計画しているんですが、妻曰く「そもそもなぜ引越しをしないといけないのか未だに納得できてない」とのこと。

気持ちはよく分かるんですが、現代の日本では「普通のことを普通にさせない凡人の壁」があると僕は思っています。

「子供が小さいうちは母親が一緒にいた方がいい」という嘘八百の迷信もありますが、日本は終身雇用を前提としているため、キャリアの断絶には一定のハードルがあります。だから普通になろうとすると、母親は会社を辞めて育児に専念する。そうなると一定収入があるパートナーを選ぶ必要が、、、みたいな「凡人が知ってる普通ルート」の難度が高いです。
共働きも、普通になりつつありますがまだ普通ではないので上記のようなプレッシャーに晒されます。「普通プレッシャー」です。

日本人コミュニティはこの「普通になる」ことを一種のバイタリティとしているので、この「普通になる」ための努力を皆さんよくやっています。僕も高校生のときに「普通プレッシャー」に負けました。大学生は伸び伸びしてましたが、会社員になって「普通プレッシャー」に晒される日々が戻ってきてしまい、軽く鬱になりかけたりもしました。結婚式も僕にとっては「普通の幸せの集大成「みたいなところあるのでほぼ鬱でした。どんだけ鬱になりそうでなってないんだ、、?奇跡的にかわせてる気がします。

そんなこんなで、普通であるということが美徳であるがゆえに、普通であるために多大な労力を払わないといけなくなってしまったのが現代日本ではないでしょうか?

世間一般に正しいと思われることのために、他の多くを諦めないといけないです。

本当は、この普通路線からいったん離れた方がいいんだろうなぁと感じているんですが、いやはや一度乗ってしまうと離れ難いのも事実です。

そんなこんなで存外悩みが尽きません。とりあえずもうしばらくは試行錯誤してみようと思います。